城域の形が五角形である事が特徴である、宇和島城は富田氏を経て慶長19年(1614)に仙台藩主・伊達政宗の長男・宗秀が宇和島藩主に取り立てられた。 以降幕末まで伊達氏が藩主をつとめ、明治維新を迎え、今に至る。


道の駅「うわじま きさいや広場」は宇和島市の中心部に位置し、陸・海の交通結節点となる港も隣接していることから、利便性にも優れ、観光交流の場となります。 きさいや広場では新鮮な野菜などの各種食品や、地域名産、ベロタクシーへの乗車などが可能です。


南予地方の闘牛の起源については、17世紀の後半頃、宇和海を漂流していたオランダ船を福浦の漁民が救助し、 その礼として贈られた2頭の牛がたまたま格闘したことにより始まった、との口伝があり、 鎌倉時代に農民が農耕用の強い和牛をつくることから自然に野原で牛の角を突き合わせ、これを娯楽にしていたとの説もある。


「耕して天に至る」と形容される段々畑。幅・高さとも1メートルほどの石垣がはるか山頂まで続いています。 急な山の斜面を人々が苦労してきり拓いてきた歴史の重み、壮観な造形の美に圧倒されます。 水荷浦の段畑は、眼前に広がる宇和海の美しさもあいまってまさに絶景。「日本農村百景」などに選ばれており、 平成19年7月には全国で3例目の「国の重要文化的景観」に選定されました。


41番札所「稲荷山龍光寺」
所在地:愛媛県宇和島市三間町戸雁173

42番札所「一果山仏木寺」
所在地:愛媛県宇和島市三間町字則1683

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